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この記事は私がまとめました

痴漢被害にあった女性。プール、ゲーム屋、家、電車、帰宅途中でお尻や胸を揉まれます。

カメ987さん

私が初めて、性被害にあったのは、 8才、父親の友人。 夏休み家族旅行に、何故かついてきて??? 胸をまさぐららた。 #初めての性被害

性被害は「自衛しない方が悪い」って奴いまだにいるの? 私が初めて性被害に遭ったの、小2だよ。ランドセル背負って家に帰ってただけ。なのに被害に遭ったことを親にも責められる理不尽。 「姓犯罪、セクハラは100%やる奴が悪い」と断言できる。娘にもそう教えてる。 日本社会、いい加減変われ。 pic.twitter.com/e7OkgBbyIy

あの日がなければ。 眠っているあいだに、性行為をするなんて酷い。 目覚めて、やめて、と抵抗したのに、やめてくれなかった。 自衛だとは分かってるけど、身を庇う身体をのろった。 男なんて、みに、しねばいいのに。 #性被害者のその後

#私が初めて性被害にあったのは んとね、親も知らんねんけど。 幼稚園児ってさ、昼寝の時間あるやん? そん時に先生おらん時、悪がきの男の子に ズボンと下着脱がされて 表面触られた…(( そん時はまだちっちゃかったし、何してるか分からんかったけど、今思えばまじで殺したりたいわ()

小2、鍵っ子で男子仕様の格好をさせられていたけれど(長袖ポロに半パン)住まいのマンションまで付けられて声をかけられた。 「近所でお琴の演奏会やってるから行かない?」 拒否るとオティンコ出してきて触らせようとした。 未だに何故お琴だったのか問い詰めたい #私が初めて性被害にあったのは

小学校低学年の頃、祖母の兄から性器を舐められた。当時はそれがなんなのかわかってなかったけど、受け入れていた。嫌だなと思い始めたのは小学校中学年か高学年くらいの時。本人に嫌だと話したら性器を舐める事はされなくなった。 #私が初めて性被害にあったのは

続き→ だんだんエスカレートして半ズボンの中まで触られるようになり、そのうち抱きしめられたり下着まで触られるようになった 11歳になった頃、私は母に相談した そしたら塾長はそんなことしない、風邪をひかないように良心でやってるんだ、と言われた

加害教員にも聞き取り調査が行われたらしいけど「手を握ったことはあったが肉体関係はない」「私と彼女はお互い思い合っていた。私は妻がいたが彼女が好きだったし、彼女も私を好きだと言っていた」と証言していると報告が来た。嘘ばっかり。気持ち悪くて吐きそう。 #学校の性犯罪 #性被害者のその後

自分の人生の問題を、何でもかんでも加害者のせいするつもりはない。「加害者のせいで私と夫はうまくいかず、離婚するハメになった!」とは言わない。でも、もし私が被害にあってなかったら、何かが違ったかもしれない。 #性被害者のその後

なんで拒まなかったんだ、本当は加害者のことが好きだったんだろ、と泣きながら蹴られることもあった。普通なら別れると思うけど、“傷物”の私なんかを好きになってくれるのは後にも先にもこの人しかいないと思って結婚した。でも、そんな生活が続くわけもなく。3年で離婚した。 #性被害者のその後

交際している人に被害のことを打ち明けるか、という問題がある。私の場合は、被害後に交際した男性に打ち明けたら、とても悲しんでくれたし、守れなかった自分への憤りすら持ってくれた。でも、段々その気持ちが歪んで、私への怒りに変わっていった。暴力や暴言が始まった。 #性被害者のその後

たった3日前の夕食のメニューは覚えていないのに、10年以上前のあの日の、薄汚いラブホの匂いとか、あの男の声とか、痛くて情けなくてつらくて「お母さん助けて」って思ったこととかはずっと残ってる。覚えてるとかいうレベルじゃなくて、あの時間の中に閉じ込められている。 #性被害者のその後

監禁されていたわけでもあるまいし、部活を辞めるなり転校するなりして逃げたらよかったじゃないかっていろんな人から言われた。でも、あの頃は完全に“先生”にコントロールされてた。君が部活を辞めたら死ぬ、とも言われていた。それがすごく怖くて、言いなりだった。#私が初めて性被害にあったのは

その後「先生とホテル行くの嫌です気持ち悪いんです」という内容の手紙を書いた。わかった、ごめんね、もうしないから部活は辞めないで、と言われた。信用した。でも、ホテルじゃなきゃいいんでしょ、って部室や車で同じことされ続けた。そいつは今でも教師やってる。 #私が初めて性被害にあったのは

高校生のとき、顧問の教師から。優しくて面白い先生だと思っていた。ある日、好きだと言われた。どこか遊びに行こうと言われた。断れなかった。“先生”だから。試験前の休みの日、車で出かけた。ホテルだった。すごく嫌だった。でも逃げられなかった。“先生”だから。 #私が初めて性被害にあったのは

加害者の男は社会的制裁を受けず今も普通に生活してる。妻もいるし、表向きは「立派な教育者」としてみんなから尊敬されてる。そのことを思うたび心が悔しさで焼かれて消えてしまいそうになる。気持ちの行き場がないのでアカウント作りました。 #性被害者のその後

#性被害者のその後 僕の学生時代の後輩は、見知らぬ男からのレイプの被害を受けた。 それが原因で、PTSDを発症。 そして、自ら命を絶った。 自殺を防ぐために何かできたのではないかと自分を責めた。 だけど、1番己を責め続けたのは、きっと彼女だ。

私は意を決して、お母さんの名前を叫んだ。すると犯人は驚いた様子ですぐさま逃げ出した。この野郎って私は犯人を走って追いかけた。けど途中でスニーカーが脱げてしまってそこで断念した。奴の足も速かったのもあるけど、何より近付いたら今度こそレイプされると怖くなった。#性被害者のその後 ⑥

興奮している様子で慌ててもいた。私はパニックで「助けて」の声が思い浮かぶどころではなかった。こんな奴くらい自分で何とかしてやらなきゃと。そもそも、いくら大声出しても深夜で周りに誰もいなかったから助けも呼べなかった。襲われてから数分間は戦った。#性被害者のその後 ⑤

そのおかげか、なんとか立った。抵抗してる最中はずっと「おいふざけんなてめえ!」「やめろ!手離せ!」「誰だよお前!!!!!誰だお前誰だお前」「ヤルって何だよてめえ!」って私は暴言を吐き続けた。でも、そいつは息を荒くて顔を近付けて来ようとしながら「性交渉です。僕とヤリませんか?」と。

私が股間を何度も蹴ったりどれだけ抵抗しても男子高生の力には敵わなかった。両腕を強く掴まれながら、ガウチョパンツを脱がされそうになって、転ばされて頭を打った。転んだ瞬間「あ、終わった」と思った。その時の私は、犯人を逃すまいと必死だったから奴の腕を掴んでいた。#性被害者のその後 ③

自宅前の階段を上るとそいつから急に「あの、すみません」と声を掛けられた。何か困り事かと階段を降りると、突然「あの、僕とヤリませんか?」と言われた。私は悪戯か、罰ゲームの類かと思い、相手するのやめてまた階段を上ろうとしたらそいつに思いっきり両腕を強く掴まれた。#性被害者のその後 ②

帰宅中、23時前にバスを降りた。いつもバスを降りる時は誰が降りたか確認してた。私の後ろには初めて見る男子高生。引っ越してきたのか、近所の人かその程度しか思わなかった。信号を渡ればすぐに自宅で、けど私の真後ろからついて来る大きな足音と、足元には大きな影が見えた。#性被害者のその後 ①

中学時代に被害 誰にも言えずもう20代半ばになっていました。 打ち明けて、少しでも前に進めたらと思ったけれど 打ち明けるのも、性被害者の話を聞くのもつらい。私にはまだ早かったみたい。 そのくらいの傷、そのくらいのつらさ。 10年経っても、まだまだ生傷のままです。 #性被害者のその後

#性被害者のその後 ショッピングモールの中の女性向けの狭い雑貨屋で盗撮された、足元でフラッシュが光ったのですぐに気づいた 振り向くと盗撮したと思われる男が陰から盗み見ていた、気持ちの悪い視線だった 怖くて当時の彼に電話したが「そんなことで?今友達と飲んでるんだけど?」→

それからは、友達の子供の写真やパートナーとの仲の良い写真を見る度に辛くなります。 私もみんなと同じように、パートナーと楽しく旅行とかして、子供産んで、みんなと同じように子供の成長に一喜一憂したかった。自分の手で子供を抱いてみたいと、SNSを見る度に思います。

人生まで変わってしまっていたことにこの時初めて気づきました。 なんで加害者は普通に今まで通りの生活ができて、被害者はこの先の人生まで変わってしまうのか。悔しくて仕方ありません。

パートナーは何も悪くないのに、自分だけが変わってしまい、心が受け入れられなくなっていました。 その時にパートナーと別れたら一生私は、結婚も出来ないし、子供も産むことが出来なくなってしまうことに気づきました。生活の一部だけしか変わっていないと思っていた私は、

であるとこの時初めて知りました。 それからは、男性と2人きりの空間が耐えられなくなってしまいました。 生活の中で男性が苦手になったことで、生活が変わっていく中、 なによりも辛かったのは、パートナーとの行為に嫌悪感を覚えたことです。

被害から数日間、私は未遂だったし、触られただけだから自分自身の心は大丈夫だと過信していました。 しかし、被害に合ってから初めて男性と2人きりの空間になったとき、恐怖と吐き気、逃げ出したい気持ちが一気に押し寄せてきました。 自分が思っているより心はボロボロ

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