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5億8000万円で落札された時の様子

「種牡馬にしないといけないし、ディープインパクトの後継にならなくちゃいけない」(近藤利一オーナー)

名物馬主・近藤利一氏が2019年11月に死去

「アドマイヤ」の冠名で知られた馬主の近藤利一氏が11月17日、77歳で亡くなった。近藤氏は1999年にアドマイヤベガで初めてダービーを勝ち、GIや重賞勝ち馬を何頭も所有する「剛腕オーナー」として知られていた。

実は近藤氏は亡くなる前、アドマイヤビルゴを預けている友道康夫調教師に、こう言い残していたという。「(ビルゴは)ユタカに乗せてくれ。ディープに乗ったことがあるのはユタカだけだから」

かつてダービーを制した武豊&アドマイヤ

「皐月賞は全然ダメだったけど、力を出し切ればダービーで十分巻き返せるだろう、という手応えがありました」(武豊騎手)

レース後、ある高名な競馬評論家がしみじみと語るのを聞いた。「もしユタカがナリタトップロードに乗っていたらナリタトップロードが勝っていただろう。もしテイエムオペラオーに乗っていたらテイエムオペラオーが勝っていただろう。今年のダービーは騎手の腕が明暗を分けた」

「ダービーではアドマイヤベガを軽視しすぎてしまった。皐月賞で3着にでも来ていれば警戒の仕方も違っていたんでしょうけれど。そのあたりがダービーを知っている武豊さんと僕との違いだと思います」(渡辺薫彦騎手)

一時は「絶縁状態」になった武豊&アドマイヤ

2007年春、アドマイヤオーラの皐月賞(4着)、アドマイヤムーンでの香港クイーンエリザベス2世C(3着)の結果を受け、近藤氏が武豊騎手を批判。両者の間で確執が生まれたとされ、その後騎乗はまるでありませんでしたね。

「2007年に香港クイーンエリザベスII世杯でアドマイヤムーンに騎乗したのを最後に、近藤さんは一度も武騎手を乗せていません。香港での騎乗を巡って対立があったといわれています。ここまでのこだわりを見せる人は他にいない。“物言うオーナー”として競馬への愛は人一倍でした」(スポーツ紙競馬担当記者)

新馬戦を完勝

日曜日京都6レース新馬戦❗️ セレクトセールで亡き 近藤利一氏がセリ落とした高額馬がデビュー 鞍上がユタカさん… 前に話しは聞いていたが 近藤氏の遺言だったらしい… 俺もユタカさんもアドマイヤの勝負服は着ない❗️ と言っていたが、遺言であるからこそ乗る❗️ 素敵やん❗️ 男気感じるな

皐月賞トライアルを圧勝

アドマイヤビルゴが若葉Sで計時した1分58秒6の勝ち時計は11年ダノンミルの1分59秒1を0.5秒上回る過去10年で最速となる。さらに上がり3Fでもまた、2位の14年アドマイヤデウスの34秒9を大幅に上回る33秒6だった。

「強かったですね。今日は返し馬から前走とは違いましたし、道中もいい感じで反応は良かったです。全身を使えるようになっていましたし、まだどんどん良くなりそうで本当にいい馬です。距離はまだ延びても問題ないと思いますが、中距離がいいと思います。クラシックを狙える馬だと思います」(武豊騎手)

皐月賞に向かわずダービーを目標に

「武豊×京都新聞杯×ディープインパクト産駒」と言えば、2013年のキズナが真っ先に思い浮かぶだろう。

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