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知らなかった!3月27日は『さくらの日』

日本人の心情に深くしみて魅了する「桜」。そんな桜に「さくらの日」というものがありました。どんなものかをまとめてみました。

更新日: 2020年03月27日

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Hanamaronさん

■さくらの日とは

日本さくらの会が1992(平成4)年に制定。
3×9(さくら)=27の語呂合せと、七十二候のひとつ「桜始開」が重なる時期であることから。
日本の歴史や文化、風土と深くかかわってきた桜を通して、日本の自然や文化について関心を深める日。

■日本人と『さくら』

桜は日本の国花であり、日本人は古くから桜に親しんできました。

「桜というのは、日本固有の花である」と思ってしまうかたもおられるようですが、残念ながら桜は日本固有のものではありません。

桜は北半球の温帯地方に広く分布しており、特に中国や朝鮮半島などのアジア地域に多くの種類が分布している植物です。

ヨーロッパにも桜の木はあるのですが、これらは日本のように美しい花を咲かせるのではなく、主にサクランボができるだけの種類です。

■『さくら』はもともと神様?

歴史上はじめて桜を思わせる記録が出てくるのは、日本最古の歴史書古事記に書かれている「木花之佐久夜毘売」【このはなさくやひめ】という神様です。

富士山の守護神とされ、とても美人ではありましたが、寿命が短く、若くして死んでしまいます。これはまるで、桜の木の象徴のような神様です。

「桜」という言葉がはっきりと出てくるのは、奈良時代に編纂された「万葉集」です。

■『さくら』の呼び名の由来

日本人は桜の木を神聖なものと、考えていたようです。その根拠となるのが、「サクラ」という名前の由来です。

サクラの「サ」という字ですが、これは「サ神」を表しており、これは田んぼの神様と言われています。

「クラ」というのは、何かというと神様が鎮座する、「台座」のことであり、桜の花が咲くということは、田んぼの神様が山から下りてこられたと考え、神様を迎えるために、食物や酒をお供えしてお祝いしていました。

当時は桜の花が咲く頃が田植えの時期と考えられていたようです。

■花見の始まり

鎌倉時代にもなると、貴族階級だけだった花見が徐々に、武士や一般層にも広がっていきます。その根拠となるのが吉田兼好著の「徒然草」で、「貴族は桜を上品に楽しむが、田舎者は桜の木の下でどんちゃん騒ぎをしている」という内容の文章が残っています。

安土桃山時代になると、花見の宴の規模がさらに拡大します。1594年豊臣秀吉が主宰した吉野の花見会は5日間で約5000人が楽しんだといいます。その中で徳川家康や前田利家、伊達政宗といった歴戦の武将たちが、コスプレして参加したといいますから、驚きです。

江戸時代になると桜を植えて治水工事をしたと言われています。治水工事と花見は一見関係ないように見えますが、実はとても関係が深かったのです。

桜の木を植えると当然多くの人が集まります。そうすると今まですぐに削られていった地面が固められ、天然の堤防の役割を果たすようになり、驚くほど水害が減ったといいます。

■ソメイヨシノの誕生

現代の桜のほとんどを占めるソメイヨシノが誕生したのは、江戸末期です。名前の由来は染井村【東京都豊島区駒込】で、できた品種であるからで、大島桜と江戸彼岸桜を交配してできたものです。

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