生年月日:1993年8月9日
出身:千葉県千葉市緑区
高校:横浜高等学校

2011年のNPBドラフト会議で、捕手として北海道日本ハムファイターズから4巡目で指名。契約金3,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した[4]。入団当初の背番号は54。

抜群の選球眼はプロの中でもトップクラス[42]。例として、2015年シーズンは四球の数が三振と同じ59であった(このシーズンでは他に四球の数が三振の数以上であったのは規定打数に達した野手の中では中村晃のみだった)[43]。
2015年以降の一軍公式戦では、前述した打撃の能力を生かすべく、三塁手、外野手、指名打者と、捕手以外のポジションでのスタメン起用が増えている。2017年には、春季キャンプで二塁の守備練習にも取り組んだが、持病の腰痛を悪化させたため戦線を離脱(シーズン中に受けたヘルニアの手術で完治)。一軍公式戦では、.413という高打率を残す一方で、捕手としてマスクを被る機会がなかった。しかし、第1回APBCの前に参加した秋季キャンプでは、正捕手の大野奨太が海外FA権の行使を表明(後に中日ドラゴンズへ移籍)したことを背景に捕手としての守備練習を再開した[44]。
2016年以降は外野を守ることが多くなり、正左翼手として出場した2018年では12球団左翼手の中は3位のUZR10.2を記録し、左翼の守備と送球で高い評価を得ている[45]。
高校時代には物怖じしない性格で、場を明るくする雰囲気を持ち合わせており、チームリーダーになりうる存在と評価されている[46]。
高校時代の遠投は120メートルほどであり[47]、肩が強く、二塁送球が2秒を切る。比較的小柄ながらパンチ力と高い確実性と広角に打球を飛ばせる技術を兼ね備えた打撃が持ち味で、フットワークも良く[46]、捕手としてはリード面に対する首脳陣からの評価が高い。近藤自身は「打てて勝てるキャッチャー」を目標に掲げているが、日本ハム入団後の2014年頃から送球にイップスの傾向が見られる影響で、盗塁阻止率が急速に低下していた[48]。

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