八百新酒造の動線が不便なのには理由があります。それは、蔵のある場所が、もともと米の貯蔵施設だったから。明治10年(1877年)、岩国吉川藩の御用商人として、諸商い(今でいう総合商社的な事業)をしていた八百屋甚兵衛の養子となった八百屋新三郎が分家独立し、錦川の河口近くにあった藩主の別邸である御茶屋跡に「八百新」を創業しました。その後、新三郎は清酒醸造を本業とし、酒蔵として稼働させるために徐々に増築していったのだそう。

出典毎年進化し続ける「雁木」─ 山口県・八百新酒造のていねいな酒造りに迫る | 日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」

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