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コロナ後に行ってみる!?芭蕉「奥の細道」観光10選

5月16日は松尾芭蕉『奥の細道』にちなんだ「旅の日」。同作で芭蕉は江戸・深川から美濃・大垣まで旅しており、現在ではその行程を巡るツアーがいくつもあるほどの人気。コロナが収まったら行ってみたい、『おくのほそ道』全行程の観光10選。

更新日: 2020年05月18日

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aku1215さん

◆5月16日は『奥の細道』にちなんだ「旅の日」

江戸時代の俳人・松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出発したのが、1689年5月16日(旧暦元禄2年3月27日)であることから、旅を愛する作家などによって結成された日本旅のペンクラブが、5月16日を旅の日に制定しました。

松尾芭蕉は、深川の芭蕉庵から隅田川を船でのぼり、宿場町の千住から仲間たちに見送られ、東北への旅に出立しました。それより約5か月にわたる2,400kmの旅は、大垣で「奥の細道」をむすんでいます。

◆コロナが収まったら行ってみたい!?「奥の細道」観光10選

▼千住(東京)

『奥の細道』には千住で詠んだ矢立初めの句「行春や鳥啼魚の目は泪(ゆくはるやとりなきうおのめはなみだ)」が載せられています。

▼日光(栃木)

「あらたふと青葉若葉の日の光」
日光の二荒山神社へ詣でた折に詠まれた句。

▼白河の関(福島)

白河の地にたどり着いた芭蕉は「白河の関にかかりて旅ごころ定まりぬ」と、みちのく路の第一歩を踏み出したことについて感動を込めて記しています。また、芭蕉の供をした曽良の句に「卯の花を かざしに関の 晴れ着かな」とあり。

▼松島(宮城)

芭蕉は奥の細道で名作を数々生み出したが、旅に出る前から楽しみにしていた松島でだけは句が詠めなかった。その心境を「いづれの人か筆をふるひ詞(ことば)を尽くさむ」と記している。

▼平泉(宮城)

奥州平泉を訪れた芭蕉は、藤原三代の栄華の儚さと義経の最期を偲び、あの有名な句を詠みました。「夏草や 兵どもが 夢の跡」。続いて芭蕉は中尊寺を訪れ、美しい金色堂を参詣し、以下の句を残しました。「五月雨の 降り残してや 光堂」。

▼立石寺(山形)

松尾芭蕉は『奥の細道』行脚の途中、元禄2年5月27日(1689年7月13日)に尾花沢から立石寺を訪れ、有名な「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の句を詠んています。根本中堂の脇には、幕末の嘉永6年(1853年)、門人により建立された句碑が立っています。

▼新庄(山形)

芭蕉の「五月雨をあつめて早し最上川」の句は、大石田町の高野一栄亭での歌仙「さみだれをあつめてすずしもがみ川」の句形であり、五月雨で増水している最上川の急流を実際に川船で下って「危い」体験をして改作したのです。

▼出雲崎(新潟)

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