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新型コロナにも参考に?スペイン風邪はどうやって終焉したのか

大正時代に多くの死者を出したスペイン風邪。どうやって終焉したのでしょうか。

更新日: 2020年05月16日

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PINKMOMOさん

■スペイン風邪

スペインかぜ(スペイン風邪、英語: Spanish Flu (influenza) )は、1918年(大正7年)-1920年(大正9年)に世界各国で極めて多くの死者を出したインフルエンザによるパンデミック

大森の子どもに続いて妻、父も感染し、〈惨憺(さんたん)たり〉〈感冒でよう起きません〉と記述。経過を追うと、快方に向かうまで1カ月近くかかったことが伺える

当時の日記によります。

■H1N1亜型インフルエンザウイルスによるもの

スペインかぜはH1N1亜型インフルエンザウイルスによるものと判明

18年3月、第1次世界大戦の最中、米国の軍事キャンプ周辺で、スペイン風邪の最初の流行が起こった

■世界の約4分の1から6分の1の人々が感染した

世界の約4分の1から6分の1の人々が感染したことになります。そしてスペイン風邪が原因で亡くなった方は、2000万~5000万人にのぼった

アメリカ合衆国ではパンデミックの最初の年に平均寿命が約12歳低下した

日本でスペイン風邪が確認されたのは、1918年、当時日本が統治中であった台湾に巡業した力士団のうち3人の力士が肺炎等によって死亡した事が契機

■第2波目が一番ひどかった

ウイルスはこの年の暮れに、再び大暴れした。これがスペイン風邪の「第2波」だ。毒性が強くなって、死亡率が高まった

米国で同時に始まった第二波は10倍の致死率となり、しかも15~35歳の健康な若年者層においてもっとも多くの死がみられ、死亡例の99%が65歳以下の若い年齢層に発生

現在の研究では「後流行」の方が致死率が高く、この二つの流行の間にウイルスに変異が生じた可能性もあるという

■社会的に大きな悪影響を及ぼした

スペイン風邪がもたらした損害の多くは国民が被ることになった。最大の被害者は貧しい人々だった

現在と同じように、各地での集会、興行、力士の巡業、活劇などは続々中止か、または閉鎖されていった

小中学校は軒並み休校。企業も欠勤者が急増し、社会は、機能不全に陥った。火葬場も大混乱した。大阪市では、遺体を処理しきれなくなり、大阪駅では、棺桶を乗せた列車が大幅に増え

■この未曾有の大災害はどうやって終焉を迎えたのか

もちろん当時は抗生物質は発見されていなかったし、有効なワクチンなどは論外であり、インフルエンザウイルスが始めて分離されるのは、1933年まで待たねばならなかった

史上最多の死者を出した1918年のスペイン風邪は、感染者が死ぬか、免疫を獲得し、ウイルスがとりつく新たな宿主がほとんどいなくなった時点で終息した

1957年のアジア風邪はワクチンが早期に開発され、抗生物質で合併症が抑えられ、一部の人たちが免疫を獲得したことがあいまってコントロールできる状態になった

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