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コプト語とは?

コプト語(英語: Coptic, コプト語: Ⲙⲉⲧⲣⲉⲙ̀ⲛⲭⲏⲙⲓ met rem en kīmi)もしくはコプト・エジプト語 (Coptic Egyptian) は、4世紀以降のエジプト語をさす用語である。この時期のエジプト語は当時のエジプトを統治していた東ローマ帝国の公用語であるギリシア語の影響を語彙・文法・表記などの面で強く受けており、この時代以降のエジプト語の言語体系にも基本的にそれが引き継がれているため、この時期を境にそれ以前のエジプト語と区別している。

一般的にはコプト語と呼ばれているが、コプト語という独立した言語が存在しているわけではなく、あくまでもエジプト語の一段階である。

コプト語はコプト文字を使って表す!

コプト語の表記にはコプト文字が使用される。これはギリシア文字にデモティック文字から派生したエジプト独自の文字を加えたもので、文字の数や書体は方言により差異がある。ギリシア文字起源のコプト文字の中には、ギリシア語起源の単語の表記にしか通常は用いられないものもある。

コプト文字の一部はヒエログリフから発展してできている!

コプト語の単語は、古代エジプトで使われていた単語を解き明かす?

コプト語はギリシア語その他多くの外来語を含むが,語彙の大多数はファラオ時代のものの子孫であり,多くの場合,エジプト語の最も初期の諸段階まで遡ることができる。母音記号を欠くエジプト語の相当数の単語の母音構造は,コプト語における形式から引き出すことも可能である。 [2]

コプト語の現状は・・・

コプト語はエジプト民族の本来の母語であるが、現在では口語としてはほぼ死滅状態にある言語である。これは7世紀のイスラームのエジプト征服に由来している。当時のエジプト人は東ローマ帝国の統治下にあり、公用語のギリシア語とその影響を強く受けた日常言語としての初期コプト語を使用するバイリンガリズム状態にあった。しかしイスラームの侵略と征服によりアラビア語が行政言語としてギリシア語にとって代わり、エジプト人は新たなバイリンガリズムにさらされることとなった。およそ3世紀〜4世紀の間はコプト語を日常言語とし、アラビア語を公的な言語とするこの種のバイリンガリズム(時にはかつての公用語であるギリシア語をも加えたトライリンガリズム)が継続したが、次第にアラビア語が優勢となり母語置換を起こすようになった。

コプト語は、上エジプトでは17世紀まで少数のキリスト教徒の共同体の間で、日常言語として、また典礼の言語として保持された。ジャン=フランソワ・シャンポリオンやアタナシウス・キルヒャーはコプト語からヒエログリフ解読を試み、エジプト学を始めた。しかし、イスラム政権の圧力により、次第にコプト語はキリスト教徒の間でも廃れていき、教会のわずかな儀礼などで使用されるだけとなった。現在ではコプト語の復活運動が起こっているが、日常言語としてコプト語を使用している家庭は数えるばかりであり[1]、書記言語としての未来も不確かである。

なお、現在のエジプトでは脱イスラーム化が推進されているが、6000年にも及ぶ自国の歴史を象徴し、イスラーム以前から連綿として続く民族固有の言語であるエジプト語の保存と復興については何ら対策を講じていない。未だにエジプトでは危機言語の保存はおろか言語学自体盛んではないため、コプト語の保全と復興の障害となっている。

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