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この記事は私がまとめました

kyama77さん

●「ロマンスの神様」でブレイクした歌手・広瀬香美さん

音大時代にロサンゼルスでヴォイス・トレーニングのレッスンを3年間受ける。92年7月、アルバム『Bingo!』でデビュー

同年12月に1stシングル「愛があれば大丈夫」を発表。翌年3月の「ロマンスの神様」で一気にブレイク。

以後、ドラマ、ミュージカル、映画等の音楽監督。他のアーティストへの作品提供及びプロデュース等も手がける。

1998年 海外アーティスト「C.J. LEWIS」に音楽提供とプロデュース。

・『THE BEST “Love Winters”』はダブルミリオンを記録

「幸せをつかみたい」「ゲレンデがとけるほど恋したい」など数々のヒットを放ち、『THE BEST “Love Winters”』はダブルミリオンを記録するなど、輝きを放ち続けている

また、楽曲提供やミュージカル・映画の音楽監督としても活躍、オーケストラとの共演や歌とピアノ、アカペラのみで構成される「香美別邸」などライブも精力的に展開。

●そんな中、広瀬さんが『ダウンタウンなう』に出演

今夜9:55〜放送 『ダウンタウンなう』 ㊗️200回記念 広瀬香美 YouTubeで「歌ってみた」シリーズが 大人気 絶対音感を持つ天才の壮絶人生とは さらに❗️恋愛観をテレビ初告白 番組最後では浜田の名曲を熱唱 お楽しみに❗️乾杯 #広瀬香美 #fujitv #ダウンタウンなう #本音でハシゴ酒 pic.twitter.com/fm8uLXF60q

・番組では、歌手となった意外なキッカケを明かす

「日当をたくさんくれまして。1カ月のお家賃が1日で稼げるくらい…なので頻繁にやっているうちに『あなた何になりたいの』と聞かれたから

日本に帰国したときには『仮歌やってくれない?』って言われて歌を歌って小遣いを稼いだ。それでお金が貯まったらアメリカに戻って作曲のレッスンに費やしていた」と歌い始めたのは作曲家になるための小遣い稼ぎのためだったと明かす

・TKサウンドについては「最初は嫌だーって思ってたんですけど」と抵抗感があったと回想

広瀬は「最初は、なんてことをする人なんだろうと、音楽を切り刻んで……」と切り出し、

「音楽を1つの作品としてキレイに流すことが私の生きがいだったのに、あの方は『ブスッブスッ』とひっくり返したりいろんなことをした」と持論。

・しかし、次第に「“小室マジック”にハマるようになってきた」と回顧

だが「そのうち何回も聴くようになってきた」そうで、「また聴きたい、また聴きたいと“小室マジック”にハマるようになってきた」と回顧。

「これは考え直さなきゃいけないなと思って。あたし全部小室さんの曲に分析入れて、今じゃ私の師です」と言うまでになった。

・H Jungle With t「WOW WAR TONIGHT 〜」を披露することに

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