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驚愕!?本能寺の変の黒幕は意外な人物だった!?

大河ドラマの「麒麟が来る」が大ヒットしていますが、よく話題になるのが黒幕の話題ではないのでしょうか?今回はその黒幕の正体を迫ってみようと思います。これまで徳川秀吉説でしたが、実際は違うようで、動画などを公開している人もいるようです。

更新日: 2020年07月12日

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大人気ドラマ「麒麟が来る」

「麒麟がくる」は、大河ドラマの原点に戻り、戦国初期の群雄割拠の戦乱のなか、各地の英傑たちが天下を狙って、命をかけ愛をかけ戦う、戦国のビギニングにして「一大叙事詩」です。

大河ドラマとしては初めて智将・明智光秀を主役とし、その謎めいた前半生に光があてられます。

NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が7日、放送され、本編後の予告で「『麒麟がくる』は、新型コロナウイルスによる収録の一時休止に伴い、次回からの放送を休止いたします。

戦国最大の謎ともいえる本能寺の変で、明智光秀(あけちみつひで)はなぜ、主君の信長を討ったのでしょうか。

動機については古来、怨恨(えんこん)説が語られてきましたが、その後、野望説や黒幕存在説なども生まれ、今もなお研究者の間で議論が続いています。

本能寺の変の謎とは?

本能寺は早くから種子島や、大阪の堺で布教活動をおこなっていたので種子島にたくさんの信者さんがおりました。

その種子島に1543年に鉄砲が伝わります。このことから本能寺に依頼すると鉄砲や火薬を手に入れるのが楽だったようです。

信長はそこに本能寺の利用価値を見い出し、境内地の安堵(禁制朱印状)を約束する代わりに鉄砲や火薬の交易の手助けを促したようです。

当時の本能寺は、東は西洞院大路、西は油小路通、南は市場坊門小路、北は六角通に囲まれた東西約140m、南北約270mという広大な敷地に周囲と隔てられて建てられていました。

そして幅約2~4m、深さ約1mの堀に0.8mの石垣とその上の土居が周辺にあるなど、防御面にも配慮された城塞としての機能も兼備。一般的な「お寺」のイメージとは異なるものでした。

そのため、信長の手勢の約100倍、13,000人の光秀軍をもってしても、攻め落とすのに4時間を要しました。

そして、それは種子島勢力のお金から、軍事施設となっていたわけです。

実は意外な勢力がかかわっていた!?

焼け落ちる本能寺、信長秘蔵の名物茶道具の中から掛軸を持ち出した男がいた。
火事場泥棒⁇

本能寺の変の前日に、本能寺で 催された名物茶器の披露を兼ねた茶会に、宗室は主客として、信長に招待されていた 。

宗室は炎につつまれる本能寺から、弘法大師、空海筆の『千字文』を持ち出し逃げたのだ。
ただものではない。

むしろ引き込んだのでは?

種子島勢力はうざくて仕方ない

本能寺なんてなくなってしまえ!

本能寺の変前日にあたる6月1日の茶会には神屋宗湛も招かれていたとの資料が神屋家の「由緒書」に書かれているそうです。

公家との茶会の後、信長は息子の信忠とともに囲碁名人の本因坊算砂と利玄(鹿塩利賢=かじお・としさと)と云う者の対局を熱心に観戦しました。

囲碁を深夜まで打っていたという…
その際に明智を引き込めば…?

様々な声が…

本能寺の変は明智光秀が起こした突発的な事件であったのでしょうか?「日本史最大の謎」です。bit.ly/AnxiFv

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