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地獄を見た男「照ノ富士」が奇跡の復活優勝!

大相撲7月場所は14日目を終えて、優勝圏内の力士が4人もいる大混戦、巴戦の可能性も。中でも注目は、怪我や病気で一時は序二段まで番付を下げた、元大関の照ノ富士。一度は地獄を見た男の、奇跡の復活優勝なるか、注目です。 追記:照ノ富士の優勝決定

更新日: 2020年08月03日

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aku1215さん

◆コロナ対策を徹底し開催されている大相撲7月場所

本場所の実施は、無観客だった3月の春場所以来4カ月ぶりで、観客を入れるのは1月の初場所以来半年ぶり。

観客数を通常時の4分の1として密状態を回避し、力士は準備運動時もマスクを着用するなど新型コロナウイルス感染対策を徹底。

◆相次ぐ不祥事や両横綱の休場など残念なこともあったが…

【ピックアップニュース】最新のニュースを映像と字幕でお伝えします。 ▽東京都 新型コロナ きょうの感染確認は460人台の見通し 1日として初の400人超え ▽大相撲 白鵬が休場 右ひざを痛める 7月場所 www3.nhk.or.jp/news/movie.html pic.twitter.com/XzcDEJvt09

大相撲の横綱白鵬関(35)(宮城野部屋)が7月場所13日目の31日、日本相撲協会に休場を届け出た。鶴竜関も2日目から途中休場しており、場所を3日残して横綱が不在となった。

新型コロナウイルスによる外出自粛の中、知人と会食に行き、25日の7日目から強制休場となった幕内阿炎(26)=錣山=に関し26日、芝田山広報部長(元横綱大乃国)が「接待を伴う店に行った」と説明した。

不要不急の外出自粛が求められている中、田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)が夜に外出、飲食したことが発覚した。その時の泥酔した写真がネット上に拡散。日本相撲協会の鏡山危機管理部長(元関脇・多賀竜)は28日、協会が同親方を厳重注意したと明かした。

◆14日目を終えて、優勝可能性が4人もいる大混戦

<十四日目の様子> 幕内取組。 照強(8勝6敗) 足取り 朝乃山(11勝3敗)。 ~十四日目終了時点~ 2敗:照ノ富士 3敗:朝乃山、御嶽海、正代 #sumo #相撲 #七月場所 #7月場所 pic.twitter.com/vB5yTgIVp3

大相撲7月場所は14日目に照ノ富士が2敗に後退したことで、3敗の朝乃山、御嶽海、正代までが優勝の可能性を残している。

2日の千秋楽で照ノ富士が御嶽海に勝てば平成27年夏場所以来2度目の優勝が決まるが、三つどもえの優勝決定戦=巴(ともえ)戦=となる可能性もある。

・照ノ富士が御嶽海に〇 → 照ノ富士の優勝決定
・照ノ富士が御嶽海に● 朝乃山が正代に〇 → 朝乃山、御嶽海、照ノ富士による優勝決定戦
・照ノ富士が御嶽海に● 朝乃山が正代に● → 正代、御嶽海、照ノ富士による優勝決定戦

◆自力優勝の可能性がある照ノ富士は元大関

出身はモンゴル、ウランバートルだ。学業成績はたいへん優秀で、17歳で技術大学に合格。しかし、本人は旅行で日本に来た時、相撲の稽古を見て、日本に留学することを決めた。2009年に鳥取城北高校に編入。2010年に間垣部屋に入門。

2013年三月場所をもって間垣部屋が閉鎖されるのに伴い、伊勢ケ浜部屋に移籍。九月場所での十両昇進が決まり、同時にしこ名を「照ノ富士」に改めた。九月場所でいきなり十両優勝し、2014年の三月場所で新入幕。2015年の三月場所で関脇にスピード昇進した。

初土俵から25場所での大関昇進は、年6場所制となった1958年以降、歴代3位のスピード昇進となった。

◆しかし、一時は序二段に陥落するという“地獄を見た男”

両膝のケガや病気がもとで、2017年秋場所限りで大関の座を明け渡すとその後は坂道を転げ落ちるように番付は急降下。

1年前の春場所は序二段まで陥落しながら復活の階段を駆け上がり、2年半ぶりに幕内復帰を果たしたのだった。

痛めていた両膝を3度手術し、治療とリハビリを続けた。糖尿病、C型肝炎、腎臓結石の内臓疾患を克服し、再入幕の土俵に立った。

◆師匠に何度も慰留され這い上がってきた

<大相撲アプリ>1日12時より特集ムービー「照ノ富士 -不屈の再入幕-」を配信!ケガで大関から陥落し、不屈の闘志で再入幕を果たした照ノ富士の初土俵から再入幕までの軌跡を44本配信予定!お楽しみに!ダウンロードすれば無料で特集ムービーを1日1本ご視聴可能! r.dwango.jp/i800sHh3 #sumo #相撲 pic.twitter.com/lcsKLS6zFt

大関の看板を背負った男が、現役続行してよいのかを悩む日々だった。「正直、大関から落ちて、速攻、親方(師匠の伊勢ケ浜親方=元横綱旭富士)に『辞めたい』と伝えた。そこから5回は『辞めさせてください』と伝えた。

親方は『病気を治してからじゃないと話にならない。やるにしろ辞めるにしろ病気を治してから』と」。師匠に慰留され、踏みとどまった。

師匠の伊勢ケ濱親方(元横綱旭富士)からは、「やってきたことを信じてやるだけだ」と言われていたそう。「今は親方のことを信じてよかったと思う」としみじみ。

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